宮崎県(マンゴー県)にいると言われる妖怪一覧

  • ウブメ

舟幽霊。

 

  • オサビ

火の怪。筬火。延岡市。市付近にある三角池には、雨の降る晩には筬火が二つ出た。昔、二人の女が「筬を返せ」、「返した」で争い、池に落ちて死んだ。それで今なお二つの火になって現れ、喧嘩をするのだという。明治の中頃までは折々見た人があった。

 

  • ガグレ

水の怪。都城市の近辺で河童のこと。ガゴともいう。相撲を挑まれたときには、手に砂をつけて応ずるとよく、脇の下に手を入れさせてはならないという。

 

  • クラババ

家にいる怪。蔵婆。

 

  • サンボン

水の怪。東臼杵郡北方村(町)で、河童のこと。指が三本という伝えからか。

 

  • スイテンボウズ

水の怪。児湯郡西米良村で、河童のこと。

 

  • セコ

水の怪。河童が山に登ったものという。児湯郡西米良村ではカリコボともいい、狩の勢子のようにホーイホーイと呼ぶのでセコ(勢子)というとある。十月頃から山へ入り、山中でいろいろ音をさせ、山小屋を揺すったり山を鳴動させる。山でこれに会ったときは鉄砲を撃ち放つか、読経するか、あるいは言いわけをするといい。二、三十群れをなして往来し、その語音はヒウヒウとのみ聞こえ、大きな一つ目であるという。

 

  • ナンドババ

家にいる怪。納戸婆。

 

  • ヒョスボウ

水の怪。河童のことでヒョスンボともいう。秋になるとヒョウヒョウと鳴きながら山へ入る。これを遮ぎる人は必ず死ぬという。宮崎市─丸山町の薬湯屋に毎晩夜遅く河童が湯を浴びにきた。河童が使ったあとは一面毛が浮いて大変臭くなる。主人がたまりかねて湯を落としておくと馬が殺された。河童の子を産んだ後家がいた。臨月に産婆が行くとたくさんの川魚を入れた籠がすえてあった。たくさん生まれたが、皆、姿を消し、籠も消えていた。河童は非常な金持ちだが貧乏になると人の肝をとる。人の生肝は河童の病気の一番の薬という。外蟹町では相撲を挑まれ、全身を爪で引っ掻かれたという。児湯郡都農─河童の腕はもともと猿のもので、猿が欺いて変えたのだという。河童は常に仇を返そうとするので、猿回しなどは川をわたる時は猿に目隠しをするという。東臼杵郡西郷村─河童と相撲を取り、頭の水をこぼさせたので、祟られて半病人になった。またナス畑を荒らした河童を見た老婆が失神、胡麻の幹と御神酒を供え、蝋燭を灯して祈ったが死んだ。一瞬にして体が紫色に変わったという。西臼杵郡上野村─駒引きに失敗、泣く河童に老婆が水をかけたので逃げた。日がたって正月の満月の日から毎日、魚を寵の上に置いたが、うっかりそこに包丁を置き忘れて止んだ。愛らしい童形で頭は芥子坊主という。杣人の墨壺を欲しがり、天壺(苧からむしで編んで作った器)を恐れる。山へ行く人は常にこれを肩にかけていく。墨壺を天壺に載せて差し出すと、河童は驚いて飛びのくという。庄左衛門に腕を切られ、手接の妙薬を教えて自ら接いでみせた。しかし戻るとき配合に一つ欠いたといって水中に消えた。そのため庄左衛門薬は金創によく効いたが、全く切れた手足は接ぎかねたという。耳川上流の一山村で四更(午前一時から三時)の頃になると怪しい声が起こり、しばらくして対岸に達し、たちまち下流に去った。曙の頃には再び岸に沿って戻る。これは河童が山を下って海に浴するのだと土地の人はいう。西諸県郡真幸村─竹上武熊という人はガラッパが遊び友達で、カイヤ(小学校)から帰ると遊んでいた。「それそこにいるじゃないか」といわれても他人には見えなかった。同郡─ヒャハクの滝の付近で狩りのため夜明かしをしていると、河童が来て悪戯をする。知らぬ顔をして焚き火に当たったまま後ろのほうにフグリを出して見せると、河童はヒヒッと笑う。引っ込めると悪戯をする。出すとヒヒッと笑う。これをなぐさみとしていた。同郡真幸村─東永江浦の永江浦川の淵に小坊主が出て、淵にしずんでいた金物を取り除いてくれと頼んだ。村の人は人を決して捕らないと約束をとりつけて、取ってやった。以来、ここではカワドレ(溺死者)は出ない。普通ガラッパに引きこまれた者は、いなくなった場所から遠くない所の川底に端座させられているという。

 

  • メヒトツゴロ

家を訪れる怪。暗い所に出るという。一つ目小僧。

 

  • ヤマヒメ

山の怪。山姫。西諸県郡真幸町でいう。洗い髪して、よい声で歌うという妖怪。

 

  • ヤンブシ

山の怪。坊主が首を縊くくったところには必ず出るという大きな人影のような怪。ヤンボシともいい、夜、山へ行くとヤンボシが隠すという。